「志摩」と聞くと、多くの方にとっては「志摩スペイン村」や保養所・ゴルフ場などがある、リゾート地というイメージが強いかもしれません。伊勢神宮にほど近い志摩市には「Garden of God」と呼ばれる、 2,000年以上も昔から鮑や伊勢海老などが獲れる豊饒の海があります。その海は自然の雄大さを感じさせる熊野灘と、自然の神々しさを感じさせる英虞湾(あごわん)から成り立っています。英虞湾はリアス式海岸と呼ばれる入り江が複雑に入り組んでいる形であるため、波が立ちにくく1年を通して穏やかです。明治期以降、この環境の良さを生かした真珠の養殖業で栄え、全盛期には1300軒もの真珠養殖場がありました。三重県志摩市にある私の実家は祖父の代から真珠養殖を家業としており、私自身も幼い頃から真珠工場でその様子を見ながら育ちました。真珠産業は平成初期ごろから衰退をしはじめ、実家も十分な利益をあげられなくなりました。両親は別の仕事を掛け持ちしながら真珠養殖場を維持していましたが、前述の経済状況の影響も受け、廃業を余儀なくされました。廃業の後しばらく養殖場は放置状態でしたが、免許や安全面の関係で工場や筏を解体する必要が出てきました。プロジェクト当初は、写真のように岸壁が崩れ、生い茂った草木、真珠養殖に使用していた海洋プラスチック類や瓦礫で足の踏み場も無くなった場所に、老朽化した工場がポツンと取り残されていました。私自身、一度は志摩を離れましたが、「地元に貢献したい」「地元に雇用と教育の選択肢を増やし、若者が帰れる場所にしたい」という思いを持つようになりました。志摩に対して同じような思いを持つ人と出会い話をするうちに、英虞湾(あごわん)内には、他にも廃真珠養殖場がいくつもあることを知りました。廃業後放置していた実家の養殖場は、英虞湾内にある中でも荒廃が際立っていました。自分が実家の真珠養殖場の問題を解決できれば、他の廃真珠養殖場の希望となり地域に恩返しができると考えてプロジェクトスタートに至りました。